タルト

右から左へ流れる街が、徐々に速度を落としていく。なんとなく、いつものつり革を途中で離した。とくに何も考えずに、本当になんとなく。ゆっくりと口を開けたドアに、吸い寄せられるように入っていた。

気づけば私は、はじめて学校をさぼっていた。

徐々にジョジョ
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駅の改札を軽い足取りで通り抜ける。出てすぐの階段を下りて右側を見ると、ちょうどさっき降りた電車が動き出したところだった。 フェンス越しに見送る鉄のかたまりが連れていく場所は、ここから遠く、私からも遠いところのように感じられた。

今はこの“なんとなく”に任せてみたい。

お盆ちゅーる
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そうなんとなく私は歩いた。
とりあえず西口から出て、この知らない街を歩こうかと思った。

信号を2つ過ぎたところで、なんとなく普段は目にも入れないコーヒーショップに立ち寄った。

高校生の私は、この時間に見知らぬ街のこんな場所に入って、周りになんと思われているかと心配になりながらも、慣れないコーヒーを飲む事にした。

yuna
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どうせ1人なのだからとカウンター席に座り、ホットコーヒーを一つ頼む。
マスターの入れてくれたコーヒーは湯気が立っていていい香り。
一口味わい、そっとカップをソーサーに戻す。
なかなか次の一口がいけないでいると、見かねたマスターが黙ってミルクを差し出してくれた。
最初からカフェオレにすれば良かったと思いながら、ありがたく好意に甘える。
とぽとぽ。

ガチョウ倶楽部
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スプーンを使わないと混ざらない白が、カップの中にある。今の私みたいだ。なんとなくカップにいれられても、何かがなければそこに混ざれない。
カップの中のミルクを無理やり掻き混ぜ、そっと一口。少しだけまろやかな苦味。躊躇いながらも、ゆっくり飲んで、またソーサーに戻す。
すると今度は、シュガーポットをそっと差し出してきた。その隣にはこの店のオリジナルボトルに入ったハチミツ。

「好きな方をどうぞ」

'靉'
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私は砂糖もハチミツもカップに入れた。何となく、小さな悪事を重ねたくて。
ゆっくりと溶ける角砂糖。底に沈んだハチミツごと掬い取ってかき混ぜた。
甘い。これが罪の味なのだ。その温かさを確かめるようにカップを両手で包む。

「こちら試作段階のタルトになります。一切れですが、よろしければ」

マスターは、そっと小皿を机に置いた。星の如く果実が輝いている。

まだ、私は帰らないだろう。
何となくそう思った。

イワトオビオ
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すると携帯が震えた。
「今どこ?」
学校から母親に連絡あったそうだ。都合の良いことに母親は地方の実家に帰っていて数日は帰ってこない。体調不良と心配をかけた謝罪の連絡をする。怒られたらどうしようという不安をよそに両者ともあっさり了解してくれた。

ーたまには、こんな日だって、いい。

今までさぼったことなんてなかったのにな。今更撤回もできない。とりあえずタルトを食べてみることにした。

みみぃ
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美味しい。取り立ててどこが良いとか何が違うから凄いとか、そういうのは分からない。
でも、学校をさぼって食べたタルトの味は、ずっと忘れないと思う。
みんな今ごろ朝のホームルームを終えて1限目の眠たい古文を受けてるんだろうな。そんな想像がもたらす背徳感は新鮮だった。

しばらくしてマスターが口を開く。

「タルトはいかがでしたか?」

私が「美味しかったです」と答えるとマスターは微笑んだ。

joint-er
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「タルト台の生地がポイントなんです」
きゅきゅっとコーヒーカップを磨きながら、マスターは話す。
「捏ねすぎると焼き上がりがポロポロになってしまいますし、成形前にしっかり冷蔵庫で寝かせるのが大切なんですよ」

完成したら、また食べにいらしてください。

微笑むマスターに「ありがとうございます」とお辞儀をした。
お金を払い、コーヒーショップを出る。少し暖かくなった街を、私はまたなんとなく歩いていく。

ラナン
- 完 -

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