慈愛の射手の伝説

その弓は、国の宝であった。
そしてその弓は、清められないほど強い呪いにかかっていた。

射手が弓を構え一点に集中する度に、呪いが射手の欲を囁き、その狙いを狂わせてしまうのだ。弓は気まぐれに大きく大きく狙いを狂わせて、射手の脳天を貫かせることもあった。

だから、国の王はこの弓を操れる者を探していた。
何も欲することがなく、何か願うこともない。
ただただ無欲に、無心に、敵を殺し続ける射手を。

ひゆき
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大臣は王に忠告をした。もし、この弓を扱えるものがいたとしても、その者に決して褒美をとらせてはなりません。それは人の欲望を刺激してしまうからと。

弓を引こうと挑戦した者は悉く命を落とした。

ある時、大臣が連れてきたのは、長きに渡って調練したという少女だった。彼女には感情を司る機能が欠落しているとみえて、表情に乏しく、また、言葉数も少ないようだった。
「生まれながらに人形になれと教育を施しました」

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なるほど、と王は頷いた。人形ならば、感情も欲望も備えない。弓の気まぐれに唆され、命を落とすこともあるまい。

しかし、調練されたとはいえ彼女はまだ年端もいかぬ少女であった。王は尋ねた。
「弓の腕は如何なものか?」
「ご覧に入れましょう」
大臣が肩を叩くと、表情を変えぬまま少女は背負った弓を下ろした。
そして少女が辺りを見回し、大臣が的を、と呟くのと、放たれた矢が騎士を射抜いたのはほぼ同時であった。

pinoco
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「なっ…!」
それを見た大臣始め周囲の家臣達は、どよめきを隠せなかった。
だが少女は顔一つ変えず、平然と立っている。

それを見た王は、少女に問いた。
「…何ゆえ、我が兵を射抜いた?」

すると少女は、無言で騎士の遺体を指さした。
不思議に思った家臣達が遺体から鎧を剥がすと、首筋に敵国の刻印が刻んであった。

「まさか、あの距離からこれが見えたというのか⁉︎」
「しかも、何の躊躇いも無く…!」

hyper
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王が驚いたのはそれだけではなかった。

少女が射抜いた騎士はかなり遠くにいた。
しかし少女は寸分の狂いなく騎士の脳天を矢で貫いていたのである。

そして王はまた少女に問いかけた。
「…お前には、弓の声が聞こえなかったのか?」

少女はその問いかけに首を横へ振った。

「ならば、何故我が兵に扮した敵兵の脳天をこの距離から寸分の狂いもなく射抜けたのだ!」
その場全体に響き渡る大声で王は少女に問うた。

秋花 蓮翔
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「答えは簡単です」
「私に心などありません」
「だから、弓の声に紛わされません」

王はその少女に歓喜し弓を与え王直属の兵とした。

それから、少女は敵軍との戦いで数々の戦果をあげていった。

そしてその少女は敵だけではなく味方からも恐れられる存在となった。

深夜
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敵兵だけを不気味なほど正確に撃ち抜く少女は、王が望んだ通りの殺人兵器となった。

敵が死のうが、仲間が死のうが、自分の体が傷つこうが、眉毛ひとつ動かさない。

そして、どんな成果をあげたとしても決して褒美を欲しがることはなかった。

少女に心が無いことを、誰も疑いはしなかった。

小さな動物の死や、枯れた花を見て涙する姿などこの少女には似つかわしくない。

誰もがそう思っていた。

鏑木澪
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変な噂が密かに囁かれるようになったのは、だからこそなのかもしれない。

云わく……
「俺ぁ〜ほんとに見たんだって。あの女が涙を流してるところをよ〜。間違いねぇ〜だよ〜」
薄暗い酒場の隅の汚いテーブルに寄っ掛かりながら酒に酔った勢いでそんな事を言いふらしている男がいたらしい。
とか……

または……
弓少女の住む館で働く洗濯係りの下女が最近の手肌用布巾の汚れ方について愚痴っているらしい。
とか……

ぷにぷにヒロ坊
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少女は王に呼び出された。王は噂の真偽を少女に問う。
「はい、その話は本当です」
少女の答えにその場にいたものは皆、驚いた。

「弓は私を惑わせませんでしたが、代わりに多くの人を屠り、それを苦にしてきたことを話してくれました」
「この弓は、慈愛の弓です。人が人に向ける殺意を哀れんで阻む弓です。私はその在り方を想って毎晩布で清め、泣いたのです」

程なくして、少女は戦争の絶えないその国を去ったと云う。

けんもち とうる
- 完 -

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