陽だまりのコーンスターチ

水の音で目が覚める。
視界で服や本が舞っている。
私の体は浮き、水中をさまよっていた。

ここは私の部屋だ。
なぜか水で満ちている。
息は苦しくない。

私は天井を伝い、カーテンを開けた。

扉の向こう側も水だった。
少し潜り扉を開け、ベランダに出るがみるみるうちに体が浮上する。

そうして水面に顔を出した。
隣に住む植村さんと目が合う。

「おはようございます」

街は水に沈んでいた。

しよこれいと
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太陽の光が水面を照らしてきらきらと煌く。
水面から人々が顔を出す不思議な光景。
一体何があったのだろうか。

確か昨日は晴れだったはずだ。
台風も通ってないし、梅雨も大分前に終わった。
河川の増水も、住宅上浸水もない。
あまりにもファンタジックな、
現実味のない情景に首を傾げる。

水中に潜ってみる。
水中は透明度が高く、辺りを見渡せる程。
街の風景はしっかりと残されている。

大空 雪那
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ふと我が家の軒先に、飼い猫のチロがいるのが目に入った。

「チロ」

慌てて足をバタつかせ、チロの元まで潜ろうとした。だがチロは何食わぬ顔で、前足を器用に動かして何処かへ行ってしまう。どうやら、猫も水中で息が出来ているらしい。
わたしはチロを追いかけるのを諦め、辺りを見回した。

町中に様々な人々が交錯していた。サラリーマンに、主婦に、学生。皆各々の影を水中に仄めかせ、当惑しているようでもあった。

虹のコヨーテ
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(自分達は随分とちっぽけな箱に収まっていたらしい。)
見下ろした町並みは想像していたときよりも随分と小さく見えた。

水に沈む町並みは実に美しかった。
当惑する人々の影は太陽の光と交差して煌き、一種の芸術品と言っても過言ではないだろう。 
車も電車も人々の声も届かない水の中はとても静かだ。
吐いた息が、ぽこぽこと小さな泡となり、ゆっくりと上昇する様が、ここが現実だと知らしめているかのようだった。

mono
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水面で光は屈折し、街に微睡みの様な、それでいて爽やかな光を与えていた。
遥か遠くを見渡す。しかし、それでもまだ水は続いていた。隣町や、県境を越えてあるおばあちゃんの家や、少なくともそれ位までは途切れていると思えなかった。
どこまでこの水浸しの世界は続いているのか、確かめたいという思いが湧いてきた。不思議な世界への恐怖よりは、好奇心の方が強く心を押した。
私は隣町の方へと泳ぎ進む。

右野 亜緒
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水中に差す日光を非効率的に吸収する並木。
疲労を伴いながらも羽ばたくことを止めない鳥たち。
水流に乗ってやってきたこのレシートは誰のものだろうか。

非日常を実感もとい堪能しつつ空を進めば、やはりこの街も全てが水に包まれていた。
こちらの町と変わらない、水の中。

駅前にはクロールで改札を目指すビジネスマン。
商店街にはダンボールを三つ四つ担ぐ御老人。
漂う手鏡が太陽光を写し水中を輝かせていた。

シンキ
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隣町もやはり水で満たされていた。
私はだいぶん慣れてきた足の動きで滑らかに旋回する。もっと底の方へ、と身体の角度を変えたときふと気づいた。
(甘い。)
私の町の水よりも、ここに満ちている水の方が香りや味に甘さがあるのだ。心なしかわずかにとろみもあるような気がする。
(私の町にはなくて、隣町にあるものといえば……)
はっとして東の外れ目指して泳いだ。

モノ カキコ
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そこにはトウモロコシの加工場があってコーンスターチもたくさん作っていたはずだ。
日本ではとろみを付ける代表格は片栗粉であるわけだが、コーンスターチも同じようにとろみを付けるのに利用されるものだと聞いた事がある。
しかも原料がトウモロコシときては、この甘みや香りの最大の理由であるのは間違いないだろう。
甘みと香りがだんだんと濃くなる中を泳ぎ続けて、私は加工場へと辿り着いた。
大きな工場で敷地も広い。

ぷにぷにヒロ坊
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水底に沈んだ加工場の機械たちは微かな鼾を立てて眠っていた。原料を詰め込んだフレコンは水面にぷかぷか浮いている。今はまだ宙に波紋を描くことができるけれど、日が高く昇れば、この水は町を包んだまま私ごと固まってしまうだろう。あがくことの出来ない、美しくも、恐ろしい物語。

「これにてお話は終わり。さっき、君にプレゼントしたスノードームがあったろう。あれはこんな風にして作られたものなんだ。どうか大切に」

aoto'
- 完 -

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